マイクロ波基礎

1. 合成開口レーダ(SAR)について

・人工衛星から地球を見るセンサ

人工衛星では可視光線以外にも、紫外線、赤外線や電波などをとらえることができるセンサを搭載しているので、人の目では見ることができない地球の姿を見ることができます。また、衛星が自ら発した電波の跳ね返りを観測する電波センサも搭載されています。

 

電波センサの一つが合成開口レーダー(SAR:さー)です。電波は雲を通過するため、雲がある地域でも地表の観測が可能です。また、能動的に電波を出して観測しているので、昼夜関係なく地表を観測することができます。そのため、撮影画像が太陽光の状態に左右される光学センサと比較すると、同一地点での異なる時間比較(朝と夜の変化など)がし易く、その変化を検出することができます。

 

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衛星のセンサと観測対象
Credit : sorabatake

 

・合成開口レーダー(SAR)とは

 

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SARセンサの特徴
Credit : sorabatake

 

SARは日本語では合成開口レーダー(SAR: Synthetic Aperture Radar)と言います。レーダーはセンサからマイクロ波(電波の一種)を発射し、地表で跳ね返ってきたマイクロ波をとらえるセンサです。”合成開口”というのは地表で跳ね返ってきたマイクロ波の結果を重ね合わせることで、その性能を向上させる技術です。
ざらざらした表面ほど多く電波が返ってきて白く見え、水面などつるつるした表面では電波が反射してしまうため黒く見えます。

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電波の反射の仕方 credit : sorabatake

SARの画像は、センサの原理上、可視光のセンサほどなめらかな画像にはならず、妊婦さんの検診に使うエコーのようなザラザラとした画像になります。

 


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SARによる地表観測画像例(東京ディズニーリゾート周辺) Credit : JAXA 

 

・普通の画像(光学画像)とSAR画像との違い

 

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光学画像とSAR画像の違い Credit : sorabatake

 

普通の画像(専門的には”光学画像”と呼びます)とSAR画像の違いは、例えるなら光学画像が視覚情報で、SAR画像は触覚情報です。

目でみると物体の色や形、物体が何なのか識別できますが、明るく無ければ何も見えません。光学画像も物体の色や形、物体自体の識別に適していますが、夜や雲に覆われてしまうと何も見えなくなってしまいます。

 

一方のSAR画像は、触覚情報に近いと言えます。テレビのバラエティ番組で目隠しして箱の中に入っているものを当てるゲームがありますが、まさにあれと同じです。物体がつるつるしているのかふわふわしているのか、また物体の形状を知ることができますが、実際物体が何なのかは触った人の経験をもとに推測することになります。

自ら発した電波の跳ね返りを観測しているため、常に同じ条件で撮影できるのがSAR画像の特徴で、見え方が太陽光の状態に左右される光学センサと比較して、Before/Afterの画像を見比べて変化を検出することが得意です。

 

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SAR画像のBefore/After合成画像
Credit : sorabatake

 

この図はSAR画像の前後比較の原理を示しています。

前の画像を青く、後の画像を赤く色づけて画像を合成するとどちらかの画像にしかなかったものが色づいて見えます。
この例では、リンゴはBeforeの画像にはなくAfterの画像で増えているので合成した画像では「赤」で表現され、
反対にBeforeの画像にあったフォークはAfterの画像ではなくなっているので合成した画像では「青」に見えます。

どちらの画像にもあるお皿は合成された画像では「白」く見えます。逆にどちらの画像でも何もない(電波が返ってこない)部分は「黒」に見えます。
このように、時刻の異なる2枚の画像をそれぞれ青と赤に着色して合成することで、その時間で何が変わったのかを知ることができるのです。

2. SARの周波数と見えるもの

・観測周波数

 

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SARセンサと観測周波数 Credit : sorabatake

 

SARセンサにも光学センサと同様に観測周波数があります。よく用いられているのはLバンド(1〜2GHz)、 Cバンド(4〜8GHz)、Xバンド(8〜12GHz)の3つで順番に波長が短くなっていきます。周波数の違いによって、何に反射して跳ね返ってくるかが異なります。

 

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SAR周波数と透過性 Credit : sorabatake

 

最も周波数の長いLバンドは、電波が木の葉や枝、草を通過するため、幹や地表面に近いところの様子が分かります。広い範囲の地殻変動などを観測するのに向いています。Cバンドでは電波は枝で反射されます。最も短いXバンドは電波が木の葉や草で反射されるため、LバンドやCバンドと比較して細かいものを見るのに適しています。

 

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SARの周波数の違いによる豪雨を透過した熱帯雨林の見え方 Credit : Maurice Douglas

 

・偏波

 

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SARセンサの偏波イメージ
Credit : sorabatake

 

SAR衛星では偏波という機能もあります。SARセンサの電波は上図に示すようにその振動方向によって、垂直偏波・水平偏波に分けられます。
水平偏波Horizontal(H)もしくは垂直偏波Vertical(V)を発信し、反射して返ってきた電波を水平(H)、または垂直(V)で受信します。

水平偏波で電波を出して水平で受けることをHH、垂直で受けることをHVといい、垂直偏波で電波を出して、垂直で受けることをVV、水平で受けることをVHと言います。大きな衛星では、水平と垂直の両方を同時に受けられるものもありHH-HVなどと記述されます。

これは物体の識別のために用いられています。物体の特性(表面特性や塩分の含有量など)によって、入射した電波をどう反射するかが異なるため、画像にしたときに反射の強さが異なって見えます。

偏波を使うと例えば、ビルなどが多い都市部と森林を見分けることができます。

ビルなど整った表面が多いところでは波の向きが変わらずに返ってくるのでHH/VVの信号が大きくなり、HV/VHの信号は小さくなります。
一方で、森林など凹凸の大き い表面では波の向きがぐちゃぐちゃになって返ってくるので、HH/VVの信号は弱くなり、HV/VHの信号が比較的強くなります。

 

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偏波による画像の違い(ALOS/PALSAR)
Credit:METI, JAXA

3. SARデータの処理について

・衛星データの前処理

 

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衛星データの前処理 Credit : sorabatake

衛星データの処理の流れをものすごく大雑把に言うと、図のように、L0処理→L1処理→高次処理の3つのフェーズに分けられます。
L0(えるぜろ)の”L”は、Level(レベル)のことで、処理のステップを意味します。
L1(えるわん)から2, 3などとレベルが上がることで処理は高次に進んでいきます。
衛星データを扱っていると耳にする「標準処理」という言葉は、衛星データのプロバイダ(供給元)が公式に出している標準的な処理のことで、
データごとにL1処理だけのこともあれば、高次処理まで含む場合もあります。

 

L0(えるぜろ)処理 

L0(えるぜろ)処理とは衛星からデータを受信して最初に行う処理のことです。
L0処理の中を詳しく見ていくと、
①衛星からの電波を地上のアンテナで受信する
②受信信号は伝送向けに加工が行われているので、元の信号(Rawデータ)に戻す
③Rawデータから余計な情報を削ぐ(L0データ)

というステップです。

世の中でも良く使われる「Raw(ロー)データ」という表現ですが、衛星データにおける「Rawデータ」とはこの②の状態のデータを指し、
私たちが触ることはほとんどないデータである点に注意が必要です。
L0処理は、各衛星固有の設計に基づいて行われるため、衛星を所有する企業・機関で行われることがほとんどです。

 

L1(えるわん)処理


L1(えるわん)処理とは、どの衛星に搭載されたセンサであってもほぼ共通する基本的な処理です。
L1処理は大きく、
①シーン毎の切り出し
②画像の結像して絵にする
③画像の歪みの除去
の3段階に分けられます。
これらの処理も各衛星特有の処理となるため、衛星を所有する企業・機関で行われることがほとんどです。

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L1処理 Credit : sorabatake

 

ALOS(えーろす)のPALSAR-1(ぱるさーわん)の場合、シーン毎に切る処理をL1.0(えるいってんぜろ)と呼びます。
SAR画像の場合、このレベルのデータを画像として見ることはほとんどありませんが、ごま塩のような画像です。

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PALSAR-1のL1.0
Credit :METI, JAXA

 

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圧縮(結像)処理
Credit : sorabatake

 

シーンに切ったあとに行うのが、SARデータを圧縮(結像)する処理です。
衛星の進行方向に直角方向(レンジ方向といいます)の圧縮処理と進行方向(アジマス方向といいます)の圧縮処理が行われます。
これによって、先ほどまでのゴマ塩模様の画像が絵になります。PALSAR-1では、このレベルのことをL1.1(えるいってんいち)と呼んでいます。

 

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電波の位相と振幅
Credit : sorabatake

 

SARデータは、電波の跳ね返りを観測しているため、受信する電波の振幅によって表される信号強度とあわせて位相情報も得られます。
L1.1データにはこの位相情報が含まれており、地盤の沈下や隆起などが分かる干渉処理や高度な変化抽出などの解析ができます。

 

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幾何補正(歪み補正)
Credit : sorabatake

 

圧縮処理されたL1.1にマルチルック処理と呼ばれるノイズを低減する処理を行います。
これは、レーダー波のコヒーレントな性質(干渉のしやすさ)のため生じる画像のゴマ塩パターンを干渉しないように平均化する処理を行うものです。
4回重ね合わせるものを4ルック処理と呼びます。
ただし、この処理を行うと後で出てくる干渉処理が行えなくなるので注意が必要です。

 

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マルチルック処理
Credit : Maurice Douglas

 

さらに地図投影された振幅データをL1.5(えるいってんご)と呼びます。L1.1のデータと比較して、地表対象物が分かりやすいデータになっています。

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幾何補正(歪み補正)後のL1.5データ
Credit : JAXA

 

高次処理

L2(えるつー)などと呼ばれる高次処理の一つにオルソ補正処理があります。
これは、背の高い建物や山など標高が高い対象物が斜めに見えてしまう対象物を、真上から見たように戻す処理のことです。
それによって地図にぴったりと合うデータになります。商用衛星ではこのオルソ処理が標準化されつつあり、この状態での利用が一般的です。
オルソ処理は万能に感じるかもしれませんが、一つ落とし穴もあります。それは見えないものは見えないということです。
例えば山の斜面で衛星を向いている側はよく見えます。反対斜面は見えていません。

SARデータのもう一つの高次処理としては、斜面勾配補正というものがあります。
例えば山の斜面はレーダを向いている側と反対側の斜面で反射強度が異なってしまいます。
同じ杉林でも、斜面の向きで植生の様子が異なってしまうので、地形データを元にして斜面の効果を取り除く補正です。
山がちな広いエリアの分類を行う場合はこの補正をする場合があります。
斜面勾配補正をした方がのっぺりとしていますが、レーダー反射の定義にはより近いので、地物の分類等にはこちらが使用されます。

 

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斜面勾配補正画像とオルソ補正画像
Credit:METI, JAXA

 

4. SARデータの発展的な使い方

・干渉SAR

 
干渉SARとは、SARで複数回同じ場所を観測することによって、観測場所の地表面の形やその変化を調べる技術的な手法のことです。
干渉SARでは地表面の変化を計測するのに、「位相差(いそうさ)」という情報を使っています。

 

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干渉SARの原理
Credit : sorabatake

一回目の観測と二回目の観測の波にずれ(位相差)があれば、対象の地表面に何らかの変化(位置のずれ)が有ったことが分かるのです。
この位相差が前後の画像で、距離が延びる方向に変化していれば地表面が沈降し、反対に距離が縮む方向に変化していれば地表面が隆起していると考えられます。
例えばPALSAR-1と-2の波長は約23cmで、およそ数cmオーダーの変化が分かります。

 

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地盤沈下観測等における衛星活用マニュアル
Credit : 環境省

 

この技術を活用すると広範囲の地盤沈下の様子が把握できます。
異なる2時期の衛星データから干渉画像を作成した後に種々の処理を行 い、地盤の高さの差を算出します。
これには、大気中の水蒸気の影響などによるノイズを含む可能性があることから、算出した複数の結果を重ね合わせることで、ノイズ等の誤差の低減を図っています

・SAR Sharpening

SARの画像は白黒で、人が目で地物やその変化を判断するには難しいところがありますが、異なる特徴を持った、
光学画像とSAR画像を組み合わせて、画像を鮮明にする技術が研究されています。
2種類の画像を組み合わせることで、より情報量の多い画像にすることができるのです。

 

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SAR Sharpening
Credit : A. Schmitt and A. Wendleder 2018. CC BY 4.0 License

 

・SAR画像のカラー化

 

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航空機SAR(Pi-SAR-L2)画像をもとにカラー化した画像
Credit : RESTEC

 

白黒で分かりにくいSAR画像を、光学画像のように着色するという試みも行われています。
SAR画像から得られた表面特性(つるつる、ざらざら、など)から自動的に物体を「ここは森、ここは水」などと推定し、着色しています。

【参考資料】
1. Active and Passive Microwave Remote Sensing Lecture 7 Oct 6, 2004 Reading materials: Chapter 9.
2. PALSARによる偏波観測
3. 地盤沈下観測等における衛星活用マニュアル
4. SAR-Sharpened Image of Kuwait, Iraq and Iran – June 18th, 2011 SAR-SHARPENING IN THE KENNAUGH FRAMEWORK APPLIED TO THE FUSION OF MULTI-MODAL SAR AND OPTICAL IMAGES
5. ~世界初!だいちを彩る新技術 SAR画像をより身近に~ 陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS-2)搭載LバンドSAR画像のカラー化技術について